星がきらきら

Mais comme elle est loin!

キスマイのファンに薦めたいニジガクというコンテンツ

6月14日18時、「アニソン!プレミアム!『ラブライブ!SP』」放送決定のお知らせがあった。そこには司会:宮田俊哉(Kis-My-Ft2)の文字があった。私はおおはしゃぎした。

キスマイのファンになってからは8カ月ほどだが、ラブライブコンテンツを追いはじめてからは7年ほどになる。履修しているのはアニメ・映画・スクフェス・スクスタくらいで、現場に行ったのは数回。ラジオなどは殆ど聴いていないし、声優の名前もかなり怪しい。誕生日は数人分しか覚えてないし、全くライバーを名乗ることは出来ないものの、長いことゆるいファンをしている。

NHKからのお知らせは結構なスピードで拡散していた。思ったよりキスマイのファンはラブライブを好ましく思っていた。宮田さんの知名度向上に貢献していたこともあるだろうし、好きな人が語るものは多かれ少なかれ好きになるし、好きな人が楽しそうにしているのを観るのは何より楽しいし、女の子たち可愛いし、ラブライブ面白いし、そもそもジャニーズと二次元コンテンツは決して相性が悪いものではないので、それは当然のことなのかもしれない。ただ、思ったより虹ヶ咲の話をしているキスマイのファンが少ない。「ラブライブ」「μ's」、良くて「Aqours」で言及が止まっている。

キスマイのファンで無かった頃でも、宮田さんがμ'sのオタクをしている姿は時折耳に挟んでいたし、聞いていた。現場で目撃されたことも、うみみが好きなことも知っていた。けれどAqoursも好きだという情報は知らなかった。*1単純にμ'sは明らかな非オタク層にも浸透したが、後発になるに連れて少しずつ社会現象的なものが収まって、地上波バラエティでの扱いが減ってしまった影響もあるかもしれない。更には宮田さんはニジガクについては2020年10月期に見ているアニメ作品(大量)のうちの一つとしてしか未だ言及していない。

ただ、その言及が少なかった「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」は、キスマイのファンにこそ薦めたい作品と個人的に思っている。

オススメしたい理由①バラバラの場所から集められたメンバーによる下剋上

今度の放送でも紹介されるとは思うが、先に少し内容を話す。

プロジェクトの発表自体は2017年に遡る。当時のプロジェクト名はパーフェクトドリームプロジェクト(PDP)、途中から完全に「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」と名前が入れ替わった(?)。このコンテンツ、以降はニジガクと略すが、なかなか苦難の歴史をたどったものとなる。そもそもこの作品は、(今の扱いが緩いオタクにはイマイチ分からず実のところ断言はしかねるが)ラブライブラブライブサンシャインに続く3つ目のラブライブプロジェクトではなかった。かくいう私自身はスクスタが始まってから彼女たちをしっかりと知ったので(スクフェス出身三人を除く)詳しいエモい経緯は他のブログなどであたって欲しいのだが、スクフェスに続く第二弾のゲームのためだけに作られた彼女たちが、声優たちの努力とファンの応援により、アニメ化を勝ち取り*2、いつの間にかμ'sとAqoursと並び、最近アニメ二期も発表された下剋上コンテンツなのだ。

バラバラの場所から集められたという話は複雑で書くの諦めたので調べてください…合流ありきと言えば合流ありきだし…(そもそもこのコンテンツはμ'sとAqoursに比べてキャラクターと声優の同一性が低いのでどこをスタートとしてどこまで同一視していいのか分からない上に初期メンバー9人以外の「(スクスタの)あなた」と高咲侑は同一視出来ないとか三船栞子の扱いをどうすればいいのかみたいな問題がある…)(設定の多少の違いは目を瞑ってしまう派なのでゲームとアニメの9人は一緒と思っています)

オススメしたい理由②世界観の違うメンバーソロ

前二作と大きく異なる特徴として、ニジガクは「ソロアイドル」という前提がある。同じ同好会に所属するものの、彼女たちはそれぞれのやりたいことを仲間でライバルであるソロアイドル同士として叶えていく。この辺はアニメの二話を是非とも見てくださいお願いしますとしか言いようがないものの*3、アニメを通して一話ずつ見られるそれぞれのソロ曲の披露に対するワクワク。

この時の感情は、HOMEでのソロMV公開の瞬間と近いのではないかと思う。あの時のワクワクは繰り返せないけれど、ニジガクを一話から見れば、全員バラバラなメンバーたちが違う経緯で一つの作品を作り上げるその過程に対して胸を躍らせることが出来ると思う。私は先にニジガクアニメを観てしまったのでその辺ちょっと悔しい。

オススメしたい理由③楽曲の親和性

μ'sではPrimtemps/BiBi/lily white、AqoursではCYaRon!/AZALEA/Guilty Kissとそれぞれにあったユニットがニジガクにもあり、それがDiverDiva/A・ZU・NA/QU4RTZの3つとなっている。前2作は3人ずつだったのが、ニジガクでは2人/3人/4人という変則で組まれている。この計9ユニット、どれも楽曲の特色が違うので変な言い方をすればいずれか一つは好きだろうと思うのだが(大体公式Youtubeで試聴できるので検索して欲しい)、このうちDiverDiva及びこのユニットを構成する二人の楽曲制作陣が特に妙にキスマイと被る。

二人なのでソロ曲が計八曲。ユニット曲が六曲。この14曲の制作陣の中に、言わずと知れたJazzin’park(ユニット曲1曲)、Winter LoverとBE LOVEとSmilest作詞のmiyakei(ユニット曲1曲)*4、僕を照らすモノ作曲のCarlos.K(ユニット曲1曲とソロ曲5曲)*5が名を連ねている。つまり8/14曲にそこはかとない親和性を感じる。(暴論)

暴論ではあるもののラップをがっつり歌ってかつこういう曲調をこなすユニットはSaint Snow*6を除けば無いので、正直この世界観の中ではかなり親和性が高い。(Saint Snowはどちらかというとハロプロに寄る気がする)μ'sの曲は聴いたことがあっても他の曲は聴いたことはないというキスマイのファンはぜひ聴いて欲しいです。本当に個人的なステマです。

 【試聴動画】SUPER NOVA / DiverDiva - YouTube 

 

(2曲目がJazzin’park提供曲)

【試聴動画】THE SECRET NiGHT / DiverDiva - YouTube

(2曲目がmiyakei作詞)

また、そもそも前二作と比べると歴史が短いのでまだ全体の楽曲数自体少ない。ソロ曲一人4曲×9人+歩夢ソロ+かすみんソロ+栞子ソロ2曲+ユニット曲6曲×3ユニット+全員曲9曲の約70曲なので割ととっつきやすいのと、ニジガクは、そのソロアイドルという前提からか前二作と異なり畑亜貴さんが作詞家として固定されておらず、比較的バラエティーに富んだメンバーが楽曲制作陣に名前を連ねている(畑亜貴さん固定されてても十分にバラエティーに富んでて一周回ってこわくなるけど…)ので楽曲にもこだわりを持って追っているキスマイのファンには何かしらの刺さる幅がわずかに広いんじゃないかなと…あとニジガク全体曲の方に歌詞提供している方にはWESTなどに何曲か提供しているKanata Okajimaとかもいるので是非…いやμ'sやAqoursだけでも作曲陣割とジャニーズと被るので言い出したらキリは無いのですが…

 

アニメの放送は2020年10月から。最近はNHKでも再放送された、かなり新鮮なコンテンツ。*7少しでも興味があれば、たぶん最安だとdアニメストアで月額440円でアニメ全話を観れるので!最近ソロ曲シャッフルやったりコンテンツとしても面白いと思うので!是非よろしくお願いします!!!

 

今からだとLiella!(ラブライブ!スーパースター!!)の方がリアタイで追えて楽しいんだろうなとは思う…ラブライブはまるっと好きなので全部いいと思うし昨日(マリーの誕生日だったので)公開されたMVもとてもかわいい、Aqoursのソロ企画MVもマジで全部可愛いか中毒性があるので是非とも…

 

 

おまけ:ゲームとアニメについて

ゲームはゲームで、普通の音ゲーとは一線を画した仕組みになっていて新鮮だし、好きな子たちが好きなダンスを踊ってくれる上に、個人のストーリー(絆ストーリー)では考え方が良く分かる作りになっているので個人的には薦めたいのですが、メインストーリーが更新の度に燃えていたり、メインストーリーの組織がまだ整理されていなかったり、メインストーリーを進めるのが面倒なので現時点だとどうしてもアニメの方がとっつきやすいかな…と…。一応公式Youtubeだけでもそれぞれのソロ曲踊ってる姿は観れるので……。ただ加入経緯などが全く違うのと、特に璃奈ちゃんの描き方がかなり違うので璃奈ちゃんを好きになった場合は両方やるべき(両方すごくいい)と思います

*1:ルビィの女装はファンになってから改めて見たときに何となく見覚えがあったし曜ちゃん推しという情報はすぐ手に入ったが…

*2:声優たちはオーディション時点で「アニメ化はない」と言われていた

*3:ゲームとは動機付けが違う

*4:miyakeiは刀剣乱舞中心の人だが他にもキンプリ・セクゾ・JUMP・V6に提供あり

*5:Carlos.Kは僕を照らすモノがキスマイへの初歌詞提供で、ニジガク9人曲やAqoursやQU4RTZ他沢山のアーティストにも曲や歌詞を提供しているものの、ジャニーズだと他にはV6にしか関わっていない

*6:Aqoursのライバルユニット

*7:NHKでの放送にあたって実在の施設の名称が弄られて若干話題になっていた。セブンイレブンが茶色い9SHOPになっていた

灰になる前に、灰になる前に

(6/1追記:テレガイalpha読んでまあまあ変えたくなってるけど記録のために残してます)

 

これまでの考察は箇条書きという形で逃げに走っていた部分もあるけれど、最後にどういうストーリーなのか、過去の箇条書きとはだいぶ違うことを書きながらも、今の私の解釈をまとめておこうと思った。所詮は自分の思い込みでしかないので、正解はきっと全く違うところにあるし、あるいはそれぞれにあるのだと思う。

 

前提として、明確に一本筋の通ったストーリーはあるものとして考える。それは本人が何となく言っているところでもあるし、こういった映像作品は中身がモチーフの積み重ねであったとしても一つのストーリーを持っているべきなのだという論を知った。

 

今回の物語は確実に彼のパーソナルな部分に沿った物語であると感じている。

一点特に考察が難しいと感じた要素があった。それはMVの説明文にある「崩れ落ちていく世界」の解釈だ。

最終的な答えは彼が周りの世界をどう認識しているか、ということになるのではないと思い、彼のターニングポイント的な部分から考えてみようとしたときに、今の世界とキスマイのデビュー前夜の世界はかなり似ているのではないかと考えてしまったのだ。

2011年頃にはリーマンショック後の不景気と、加えて3.11による先の見通せなさがあった。今の時代はコロナ禍と、漠然とした低迷を感じる。その一方で、2011年は彼らが華やかにデビューをした年であり、2021年の彼らは周年を迎えはしゃいでいるように見えるし、怒涛の仕事量をこれからガンガンこなすぞという意気も感じる。

(他のメンバー企画も含めてではあるが)これは一週間や二週間で考えられるようなものではない。殊に北山さんについては快感インストールの企画を数年前から温めていた人間であり、「この話をいつ考えたのか?」が読めない。

けれど最終的には、今この映像を出す意味を考え、結局は過去をオマージュしながらも「今」を描いた物語ではあるのだろうとは思うようになった。

 

与えられた公式の説明文は以下だ。

今作は崩れ落ちていく世界で行き場を失った人々。
こんな世界に日に日に、ストレス・苛立ちが募るばかり。

それでも、歩むことをやめず生まれ変わるために光を探し求めた希望に満ちた1曲となっています!

MVは北山自身が監督・監修を行い初のカメラマンにも挑戦。
「苛立つ男」と「マウスアングル」という今までになかった目線で
渋谷の街並みを北山が撮影し「苛立つ男」と「マウスアングル」の2つの目線がシンクロした新感覚なMVが完成!

誰が書いたかは分からない。企画段階の資料を読んだスタッフが適当にまとめただけかもしれない。けれどこの文章を正しいものとして捉えれば、以下のヒントを拾うことが出来る。

・『歩むことをやめず』からは男が元々歩んでいたことを。

・『「苛立つ男」と「マウスアングル」の2つの目線がシンクロ』からは、マウスアングル=苛立つ男の視線であることを。

そして『希望に満ちた1曲』であることを。

解決しなければならないのは、何をもって『崩れ落ちていく世界』なのかという前述の問題と、なぜ彼が苛立っているのか、である。

 

フルのMVは、Youtube尺と異なる印象を与えてきた。Youtube尺は、起承転結の四幕構造。区切りはテレビ投げ・赤ペンキ・ネズミ視点に戻るところ。

だが、フル尺はどうやら五幕構造だった。画面の静と動が切り替わるところ及び曲で分ければ、区切りはテレビ投げ・グラスが落ちるところ・ネズミ視点に戻るところの四か所となると考えられる。

「五幕構造」というものは、伝統芸能から西洋演劇まで古くから使われる構成の一つである。詳しくは調べて欲しいが、今回はこの型にある程度嵌めて物語の展開が為されたと考える。置・出端とか提示部とか起承鋪叙結とか色々言うらしいが、自分が慣れない言葉を使っても仕方ないので今回は①~⑤でストーリーを分けて書いていきたい。

【①(~1:11、イントロ・Aメロ・Bメロ)】

>5幕構成である場合、物語を理解するための背景情報を提示するパート。誰が主役で、どういった人間であるかを受け手に示す役割。

私たちファンには事前説明が与えられている(もともと歩いていた・ネズミ≒男)ほか、舞台背景がアトリエで物を作る場所であることから、男は元々何かを作る必要があったことを示される。

(また、この時点でわずか3カット目にバンクシーのネズミが登場する。これは、「彼が最終的に自分の力で飛ぶ*1」という結末を暗示しているほか、メリー・ポピンズの物語のように縛りの多い立場であったことも示しているように思える)

男が苛立っている。ネズミがいるのは深夜の人が少ない通りが中心であり、人影がある場からすぐにその場から逃げ去っているように見える。一方で電車を見上げるアングルは、「電車に乗れない」、つまり「人に置いていかれている」という感覚を表しているように見える。一方で男自体は殆ど動かないことから、「逃げ場がない」「動けない」という停滞にあることが表される。

①の終盤、彼はテレビを見る。テレビというものは、彼がいる世界であると同時に、受け手と送り手を阻む最も大きな境界線であり、フィルターなのではないかと個人的に思う。テレビに映されているのは、男がマウスアングルで見た景色だ。ただ流されたそれは、編集されて実際に見たものとは異なる印象を抱かせるものであり、他は砂嵐・言い換えれば「見えていない」状態であった。私は、男は彼にとって正しくないものを映す世界に対して苛立ちを抱えているのではないかと感じた。灰というのは触ると崩れるものである。元々あったはずの姿・アイデンティティを、何かのイメージや視点・切り取りによって崩されてしまう前に、その状態を「変えたい(生まれ変わりたい)」と願ったことをきっかけに、物語は②へ移行する。

【②(1:11~1:35、サビ)】

>5幕構成である場合、(一概には言えないが)物語における障害が示され、戦いといった出来事が展開する。

やっていることは、「破壊」の一言に尽きる。マウスアングルでは工事現場の横と道路工事現場が映され、工事作業を見ている、という点でも部屋内のカメラとシンクロが発生している。

変わりたいが変われない葛藤を描いているのだろうし、①の考察を繋げると、既存のイメージや、後天的に男を構成していたもの(本は知識、ギターは音楽、ペンキは他の人間)の破壊を行っているのではないかと感じた。鏡への攻撃は「映る」ものの否定。

最終的に彼は後ずさる。これは心理状態としては逃げたいとか・諦観を表している。ただ、その後ずさりの一歩によって起こった出来事が外の世界に反映される。変わりたいと願って行動すれば、それが諦めた頃であったとしても、良いか悪いかは分からなかったとしても、何らかの成果は出る。それを示した上で流れは③に移行する。

【③(1:35~2:26、ラップ・Aメロ・Bメロ)】

>5幕構成である場合、転換点に当たる。ハッピーエンドの物語であれば、事態が良い方向に変化を示す。

カメラはかなりざっくり分ければ、俯瞰→マウスアングル→通常の視点(何をもって通常かは自分でもわかっていないが何となく通じてほしい)で三パートに分かれる。このパートだけで登場するのが俯瞰視点となる。

序盤の俯瞰のカメラでは初めてこちらと目が合う。②からの繋がりで言えば、後天的な要素を一度破壊しつくして属性を無くした男は一度内省に戻り、見られる(イメージを作られる)側ではなく見る側に回って、自分が置かれている状況を認識しようとしたのではないかと考える。

その状況自体は、下の立場ではある。目線は上に向く。主従で言えば従にいると認識を行う。俯瞰は確実に視聴者の目線を意識させていると考える。一瞬顔を手で覆い隠そうとしたり背を向けるものの、最終的には私たちの方を見て口角を上げる。何か、こちら(視聴者の視線)と向き合うための心を決めはじめたようにみえる。

マウスアングルでは、序盤と異なりビルなどの人が留まる場所を見ている。見上げるという意味合いでは部屋の男と視線が確かに一致する。部屋の中のものがペンキに浸食されるのを特に止めることなく、ネズミは少しずつ人の多い方へ移動する。

そして見上げることをやめた彼は、自らの身を自分の手で染めることを選ぶ。化粧行動は他者や世間の関心を前提とした自己実現の行為である。また、一度は否定した鏡に、「映る」こと、染まった状態で「映る」ことを選んでいる。

【④(2:26~2:51、サビ)】

>5幕構成である場合、ハッピーエンドならば解決が示される。

赤のペンキをぶちまけるところから光が差し込み画面の色彩が変化する。トンネルを抜けたことを示す、明確な解決である。カメラはずっと通常の客観の視点ではあるが、マウスアングルを通すまでもなく男は笑顔でいる。

ペンキの色彩は、ざっくり他者を表すのではないかという話は当初からし続けてしまっている。赤を壁にぶちまけたのは自己の確立であり、後天的に与えられたイメージを真に受け入れたことを示していると考える。受け入れた後は、当初否定していた他の色(他者からのイメージや干渉)を受け入れ、既に否定したものにも色があったことを認識し、かき混ぜ、丸ごと楽しむような姿勢を見せる。時々どうしようもなくなって座り込むこともあるが、作品としては否定しない。 アイデンティティを再構築し、「作品が出来た」と認識した彼は部屋から姿を消す。

【⑤(2:51~、サビ・アウトロ)】

>5幕構成かつハッピーエンドである場合、大団円として、物語の始めより良い状況になった状況を示す。

カメラの視点は、マウス=男であり、最終的には視聴者のものとなる。

この場面では、それまであくまでシンクロに過ぎなかったネズミと男の視点が完全に一致する。心理状態と、現在のありのままの状態が統合されたことを示しているように見える。(また、アトリエから脱し作品を展示する場への移動とも感じられる。)

いざ視聴者と目が合うタイミングでは彼は動かない。また、この目線は部屋の中と異なり対等の場所にある。これは男自身が、見られる対象のことを恐れなくなったためのようにも思える。

そして、10年以上前のCMと重ねるようにして、こちらにメッセージを投げてくる。それはやはり、これから「解禁」を行うぞという予告であり、挑戦なのだろうと思った。

 

一言で言うと、男がアイデンティティを再構築するまでの物語なのではないか、という解釈をしている。

そしてこれがなぜ今出されたのかと言うと、何らかのメディア・フィルターを通してしか人に認識されない今の時代へのもどかしさがあったからなのだろうと考える。私は一度も彼らのいる現場に直接足を運んだことが無いので、彼がアイドル活動においてどれほど直接会えるコンサートに比重を置いていたのかを知らないが、少なくとも直接目に触れる機会をとても大事にしていたのは確かだと思う。また、もう本当にただの思い込みでしかないが、彼自身にはフィルターを通せば通すほど(それこそいわゆるネット炎上のようなことも含めて)自分が誤解されていくという感覚があるのではないかと邪推する。そして、それでも良い、それだからこそ作れるイメージもあると割り切ったことを表すのが最後の結末なのではないかと思っているのだ。

 

他人の頭の中を考え察することなんて、出来る訳が無いんですけどね……。

 

※配信は顔に塗ってから破壊を行うという順番だったのでこの解釈だと若干の矛盾は発生するが、最初からカメラ目線であることから物語としては③からスタートしており、かつ破壊と創造は紙一重であったものと解釈すれば大きなズレは出ないのではないかと考えた。顔にペイントをしてからの行動にはそこまで迷いがなかったことからも、「赤いペンキを撒く」という解決方法を知りながらそこまでの過程を楽しんだのだろうと。MV内の男は序盤他者からの視線から逃げているが、配信の男は他者の視線をずっと認識している。また、配信の男はMV④内の行動は歌っていることを除けば赤いペンキを撒くことしかしていない。上手く説明が出来ないが、配信は現時点で最もフィルターの少ない手段なので、何か特別な行動をするまでなく渋谷の街にいることと同義になるというか…

*1:「裸の時代」読み返して彼は跳ぶ人だよなとも思った

灰になる前に、配信とフルMVを経ての考察箇条書き

途中で止めれない状態に陥った。余裕さえあれば更にもうひと記事は立てると思う、が逆にいえば多くてもそれで最後にはする予定…。今回も例によって適当言っています。あと配信とFC限定のネタバレでもあります。映像の方が何万倍と強いし、雑念が多すぎて別のもの解説してる感じになってるので許してください。

ライブ本番のパフォーマンスを観たのと、サプライズでフルMVが公開された。それを観る限り、当初書いたメモとは明らかに矛盾が発生したので訂正と再考察の箇条書きです。

 

●映ったもの

〈MVに登場するもの〉(フルMVでの追加カットは太字

煙草を持つ手(指輪が嵌っている)/下を向く北山(正面)/鏡(映るのは北山)・植物・バンクシーのネズミ/落ちる灰/北山横顔/路地/トンネル・自転車/ビル街・コーン/歩道橋/繁華街?・ゴミ袋/蛇口・蛇口から落ちる有色の液体/煙草の火(正面)/北山横顔・煙/揺れる裸電球/髪をかきむしる手/北山横顔(瞬き)/キスをする男女/階段/ガードレール・人の足/裏通り(open・アモーレ)/左に進む電車(見上げるアングル)/北山横顔/砂嵐のテレビを見つめる北山(後ろ)/砂嵐を見つめる目/砂嵐(人のいない道・裏通り(アモーレ)・たぶん電車通ってたのと同じ道・なんか建物映ってる道)/砂嵐を見つめる目/握られる両手/たぶん電車通ってたのと同じ道/蛇口を回す手?/砂嵐をなぞる右手/白い服を着て荒ぶる北山(この時点で背中には桜のプリントあり)/歯を食いしばってテレビを倒す北山/ペンキ缶を投げる北山(背景にはカーテン・梯子・ハンガー・木箱・木箱にかかった布・ラジカセ・テーブルライト・なんらかのケース・謎の金属?←壁の角にあるやつ、画面の前には椅子)/ドラム缶を蹴り飛ばす北山(背景には更に映る壁の棚(写真・謎の物体が載っている)・コード類・鏡・バンクシーのネズミ)/箱馬を投げる北山/ペンキの入ったバケツを蹴り飛ばす北山(椅子・机・植物がはっきりと映る)※もともとあったカットだが、椅子を投げた後だった/服のアップ/金属棚(本、写真立て、バケツ、籠などがある)にづかづか歩いていく北山、後ろにはライト/棚に乗っていたバケツをぶちまける北山/椅子を投げる北山(鏡に映る・壁の棚には籠と謎の物体その2)/人のいない工事現場横/人のいる工事現場横とガードレールの間/エレキギターで机の上のペンキ入ったバケツを二回殴りつける北山(背景に金属棚・椅子・何らかのケース2・ベッドらしきもの・壁の棚(壺・謎の立方体)・壁時計)/エレキギターで叩かれるバケツのアップ/顔前に右腕を持って来る寄りのカット/鏡側の壁によろめきながら下がる北山/その拍子に木箱から落ちるペンキ入りグラス/広めの道にそのグラスが落ちて砕ける/暴れた後・北山のいない部屋俯瞰(画面前側には机があり何かが入れ物らしきものなどがのっている)/同じ部屋に北山、カメラ前じりよる/北山首振った後手で顔を覆う/部屋右奥に向かう/カメラをのぞき込むような目線/はしごアップ・インクが垂れる/BIGECHOなどある繁華街の空を見上げるアングル(ゆっくり回転)/街灯とその奥のビルを見上げるアングル(ゆっくり移動)/部屋左の方にあった机の上アップ・黄色い(この時点で色は分からないが)絵の具が覆い垂れる/エレキギターを赤い(この時点で色は分からないが)絵具がゆっくり浸食/ビルを見上げるアングル(ゆっくり)/カメラのモニターを黄色い(上に同じ)絵の具がゆっくり浸食/鏡横のアップ、左から北山の横顔が入る/鏡の向こうを見つめる北山/手のアップ・洗面台の絵の具を掬う/鏡をのぞき込みながら右の頬にペインティングする北山/鏡に指跡をつける/赤いペンキを壁にぶちまけると同時に色づく(色を取り戻す)世界(同時に一瞬光が差す)/青いペンキを素手で壁に塗る北山(背景に既出とは別の壺あり)/青いペンキをバケツでぶちまける北山/青いペンキを楽しげに注ぐ北山/部屋の真ん中で膝をついて座り込む北山/黄色いペンキのかかった椅子?入れ物?を青い手ではたく北山(背景に柵・箪笥・網・何も入っていない額縁)/楽し気に頭をわしゃわしゃする北山/色でぐちゃぐちゃのエレキギターを弾く北山/部屋の様子を眺める北山※若干長いカットになっていて額縁の方を見ているようにも見える(ピアスしてる)、崩れ落ちる/渋谷のコンクリート、道路、手、上がるアングル/先ほどの部屋・俯瞰(赤・青・黄・緑のペンキで染まる・ギターケースとソファらしきものも見える)/ペンキだらけの顔・閉じられた目・目が開く・スクランブル交差点・青の信号・点滅するものの赤にならないまま終わる

〈配信のパフォーマンスで、MVと共通して登場したもの〉

・比較的ディティールが似ていた気がするもの

テレビ/机/椅子/各種入れ物/柵/時計/空の額縁/本/写真立て/ドラム缶/金属棚/ネズミ(三日目のみ)

・あまりディティールは似ていないがアイテム名としては一緒なもの

はしご(茶色)/観葉植物(デカい木)/洗面台(水出るところが自動っぽかった)/鏡(三面)/置く方のライト(デカい)/ラジカセ(なんかコンポみたいなスピーカーみたいな…)

〈MVにのみ登場したもの〉

エレキギター/箱馬/カーテン/裸電球

〈配信にのみ登場したもの〉

恐竜らしき置物/扉/懐中電灯/刷毛

 

●個人的感想

・配信とMVで全く同じアイテムを使用していないのは意図的なものだとは思う。目立つアイテムが一つも同じでないのはおかしい。セット自体のサイズ感が違ったとしても基本は同じ発注をするか使い回しをした方が楽だと思う。

・ネズミの向きと鏡の場所が逆なのも、意図的と考えられる。

・ただ、同じ曲のパフォーマンスである以上、MVと配信で解釈が異なる可能性は少ないとも思う。何より、北山さんと言う最大の部品が共通している。(ピアスとパールのネックレスも違いが見いだせなかった。ただし指輪⇔手袋・及び衣装は異なった)

・よって、必要なのは名前であり、それぞれの細かいディティールまでは意図していない可能性が高い。(観葉植物が葦かもしれないとかそういうことは意図されていない可能性)

・相違として挙げたものだが、扉とカーテンで対応していたり(というより扉が無いとあのセットに物理的に入れない気もしたが)、電球と懐中電灯が対応していてもおかしくないし、フルのMVだと別に箱馬が消滅していなかったことから椅子の一種としてしか扱われていなかった可能性がある。(なので箱馬にはそんな深い意味こもってないだろうなって思った)

エレキギターについても、これは配信の"歌"と対応していてもおかしくないように感じる。突然うたプリの話を持ち出すとメンカラ赤の音也の得意楽器はギターなのに対し、トキヤの得意楽器は”ボーカル”である。つまりギターと歌は並列で扱える。(?)

・刷毛(と紫の絵の具)も、パフォーマンスとは別のオマケとして扱える気がする。

・ただどうしても恐竜の置物だけ解決が出来ない

 

●過去の考察について

〈なかったことにしたい〉

・箱馬-フルで見ると全然消滅してなかった

・白い梯子-配信で見ると白ではなかった

・植物-配信で見ると全然葦じゃなかった

〈自信は無いが据え置き〉

・ペンキの色-赤は本当にキスマイ関連あるか考えたものの、配信で最後セットから出たタイミングで、大セットの方のKis-My-Ft2のKiの字が赤く光っていたので、全く意図してないこともないだろうと思った。画面上の絵へもペイントがあり、それは7色だったので絵の具に対してポジティブな意味を持たせていることも確か。四色であることはそんなに大事では無さそうだった。

・テレビ-配信で投げ飛ばしておらず、激情を抱く苛立ちかはわからなかったものの、テレビを投げ飛ばしたら次の日以降の砂嵐が故障で出せなくなると言われたらそれまでなので…。

エレキギター-フルMVで最終的に楽しそうに弾いてたのでそれなりにポジティブな意味は持ってそうだった。赤く染まったのも『蛹』っぽいので特に考察を変更しなくてもいいかと思えた。

・鏡-最初から良く分からないといっていたけれどフルで見ても配信で見てもあまり分からなかった。

・額縁-フルMVだと部屋を出る前に満足げに見ているのは光の方角かつ額縁の方角だった。配信だと、あのセットが他の綺麗な絵と並べられて色づいていたので、位置づけとしてはあの部屋の中の破壊で作品が出来た=額縁が埋まったと捉えてもいいのかなと考えた。

・ラジカセ-配信でもフルMVでも消滅はしていないものの一応破壊対象の一つには入り続けているなという気がしたので…

・椅子-配信では徹底して倒されたわけでは無かったけど普通に投げられてはいたので

・アトリエ-額縁参照

・『蛹』について-配信演出で蛹を思わせるところは何一つ無かったけれど、一応歌詞メインでの考察だったので訂正するほどではないかと思った。

〈特に変更しようがなかったもの及び登場しなかったもの〉

バンクシーのネズミ/煙草/揺れる電球/神様と女神/右向いてる/指輪/部屋の出方(最初から雑な感想だったので)/キスする男女/開かれる目/渋谷

〈変更及び追加の考察〉

・蛇口-枯渇を表しているのではないかと思ったものの、配信のセンサーっぽい蛇口で枯渇も何も無さそうであることを考えると、大事なのは排水溝が詰まっていること(洗面台が絵の具で満たされていること)の方かもしれないと感じた。水が動かない状態はそのまま停滞感の象徴というか…

・インド関連の与太話として出したものだが、写真を見ると雰囲気が大変似通っているのでホーリー祭のエッセンスは若干取り入れられている気がしてきた。(知識があった程度かもしれないが)

・ボディーペイント

ホーリー祭以外では、ネイティブアメリカンでは戦化粧の意味。純粋なただの化粧として捉えても、何らかの準備なんだろうと思った。好きな自分になるとか含めて。

・"境界線"について思うところ

あれだけはしごを目立つ場所に置いておきながら意味を持たせないことはないだろうと思ったもののあまり天使の梯子とかは関係なさそうと思っていたら、フルMVで”境界線”歌っている辺りで思い切り映し出されていたので、もしかしたらあの部屋と現実世界の橋渡し的な意味合いを持たせているのかなと考えた。最後まで倒れないし。北山さんは「境界」に対して普通よりも強い意識を持っていそうなので、柵も含めてそういう区切りとか繋がりとかを象徴させるアイテムが映るのはそうおかしいことではないと思う。

・恐竜の置物

本当にただひたすら突然配信に登場した置物。2~3体いた。何も意味が分からない…強いて言うならネズミ*1は恐竜が絶滅するような出来事を生き残り、人間を含めた全哺乳類の先祖となった生き物であるので、ネズミの勝者感を出してくる要素ではあるかなと思う…それにしたってなんで配信にだけいたのかは全く分からないのですが…

(二日目時点では恐竜とバンクシーのネズミが対応関係にあるのかなと思ってたら三日目にバンクシーのネズミ登場してわからなくなった)

・魔除け

煙草の煙もパールのアクセサリーも絵の具を塗りたくることも観葉植物を部屋に置くことも割と魔除けの概念な気がするなあとふと思った(だけ)

・ほか、異なる印象があった部分

総括としてまとめ途中。

*1:正しくはネズミに似た違う生き物ではある

灰になる前に、二日目の文字を巡って

5/26追記:Boutでしたね!!!!あの綴りで分かるか馬鹿!!!!でも書くの楽しかったからオールオッケーです!!!!!以下は当時の文章をそのまま載せています。

 

7月からのドラマの髪型を問われて「坊主」と答えた北山さんが大好きだったんですけど、ありもしない話をまるで本当かのように信じさせるあの一瞬に憧れたので私も出任せを書いていこうと思います。人間、与太話をするのが一番元気出る。

 

HOMEライブ配信での「灰になる前に」のパフォーマンスで、北山さんは最後に何らかの単語をペイントしてパフォーマンスを終了させた。

一日目がFind*1

問題となるのは2日目の単語。Baat、もしくはBuat。一日目の簡単な英単語とは異なり、明らかに英語ではないワード。その日の夜には考察が飛び交っていた。BAATはネズミに含まれる遺伝子名だ、いやBeatのスペルミスだ、などなど。(私は筆記体使うなら三文字目と四文字目を繋げろ、二文字目と三文字目で同じ文字なのか違うのか分からなくなるだろ、最後のあの線なにとちょっとキレつつ、ゲノムの記事読みながら寝落ちしました)

三日目に何らかの答え合わせや訂正が入るのかと思っていたものの、ソロ曲に言及されることはなかった。三日目のワードはLoveだった。二日目の言葉だけ、難解に過ぎる。

考察厨として、部屋の中のMVとの変化そっちのけでずっと考えていた。Buatはインドネシア語のforに当たるが北山さんとインドネシアは結びつかない。Ba atとしてもBaを見つけろの意味が分からない。ベースを見つけてどうする。そもそもあの書き方の場合B aatやBaa tはあり得てもaaを分離することはない。3日間12文字の入れ替えで何かが浮かぶとも思えない。*2FindとLoveは言葉として強すぎて、単体でも何らかの意味を放っているように見える。Findは考察厨への挑戦状としか思えない。Loveも彼の姿勢まんまである。

そんな中、Baatはヒンディー語だというコメントを見つけた。…ヒンディー語、あり得るな???

ヒンディー語の文法は流石に調べきれなかったが、Baatはざっくり「言葉」を意味する単語である。英語のニュアンスで言えばword,object,saying辺りを内包する気配を感じた。「言葉」であれば「見つけて」「愛」に劣らない単体での強さがある。繋げても「愛の言葉を見つけて」として成立する。

そして、ヒンディー語はめちゃめちゃ平たく言えば、インドでよく使われる言語。北山さんでお馴染みインドなのだ。*3

更にこのインドではヒンドゥー教がメジャーな宗教となる。*4そしてヒンドゥー教におけるネズミは、欲望と無智、暗闇の象徴として意味を持っている。

ヒンドゥー教はざっくり言えば多神教であり、日本人のメジャーな宗教感覚とはそれなりにすり合う様々な神様が信じられている。ヒンドゥー教が擁する神様、そのうちの一体がガネーシャだ。ヒンドゥー教におけるネズミは、このガネーシャの乗り物であり、しばしばガネーシャの絵や像の足元に描かれる。

このネズミは「ムシカ」という名で、元々ガンダルヴァと呼ばれる半神半獣の奏楽神団、大勢の神のいる宮殿の中で美しい音楽を奏でる集団の一員であった。彼らの大半は男であり、八角の角を生やした赤く逞しい男性の上半身と、黄金の鳥の翼と下半身を持った姿で表される。女好きであるが、酒や肉を食らわず香りを栄養とする。しかし、聖人の足を踏んでしまったことにより怒りを買い、呪いによりネズミに変えられてしまったのだ。ガネーシャはこのネズミを縄で捕らえ、自分の乗り物とした。このエピソードでは欲望と無智の象徴であるネズミを乗り物として乗りこなすことの出来るガネーシャの聡明さを表現すると同時に、大きな象が小さなネズミに乗るということからガネーシャ神の全能性を表しているとも言われる。

最近北山さんはインドの話をしていた。キスブサでも、キスラジでも。彼の現在のアイデンティティには、インドでの経験が強く刻み込まれている。その旅の道中やその後のインドの文化にアンテナを張れる生活の中で、ネズミが持つ意味を知る機会はあったとしてもおかしくない。

音を届けていたムシカがネズミとして堕とされる。当初鳥の翼を持ち音楽を奏でていた彼は*5エレキギターを捨てるように乱暴に扱っていた。

欲望や暗闇の象徴。ネズミはホテル街を滑走していた。

偉大な存在によって捕らえられ足元に置かれる。MVには網が映り、三日目公演にのみ登場したネズミは、(MVより位置を下にして)足元にいた。

つまり、「灰になる前に」は足元で使役される存在からの脱却を歌った歌なのでは無いだろうか。

ヒンドゥー教カースト制と輪廻概念が特徴とされる宗教でもある。輪廻概念と歌詞のリンクがあるのは言わずもがなではあるのだが、もうひとつ関連性があるといえるものがある。それは、ヒンドゥー教が信仰される地域で行われるホーリー祭の存在である。

ホーリー祭は二日に分けて行われる。一日目は焚火*6、そして二日目に行われるのが、カラフルな粉や色を付けた水を振りまいて、全ての人が思いっきり騒ぐ行事だ。軽快な音楽が鳴り響く中、豊作や幸せを祈って、春を祝って多くの人々がその身をカラフルに染める。元々は神が顔を好きな色の色粉で塗ったことに由来するこの行事は、普段強い身分制に縛られている彼らが階級、性別、年齢、宗教関係なく無礼講が許される解放の時間でもある。

部屋の中にいて抑圧されていたものが、立場の関係を無くす宗教行事の力を借りることによって外に出る。身体を色に染めた彼は、何者にも縛られていないということを意味する。これが二日目のBaatに対する、インドとの連想を含めた私の解釈だ。

 

 

 

色の感じは似ているし意味合いも遠からずなのでホーリー祭からのあのパフォーマンスへの連想はゼロでもないかなと思ったけど文字についてはどちらかと言うとスペルミスだと思う派です…。ただ考察自体は「向こうにミスがある」と仮定して行ってはいけないものという信条はある……(なのでファンがこういう暴走した文を書く前に訂正してほしい)

*1:なお家の回線が北山さんソロの間のみ死んだため私自身はこの単語を見れていない。そんなことある??

*2:このサイトで色々見たりもしたけどやっぱりパッとしたものはなかった。個人的にはbuat,baat,buaty,baatyの四択だと思うのだが文章の単数形とか目的語とかがどうにもならない。辛うじてそれっぽいのはBad Faint Loveくらい。http://wordsmith.org/anagram/

*3:インド横断は観たことがない新規ですが…

*4:ヒンディー語ヒンドゥー教は直接の相関は無さげなのでまあ色々と無理のある連想ゲームです

*5:一個前の『蛹』記事参照

*6:これもいわれがあり灰が登場するのでこじつけようとしたけど疲れそうだったので止めた。あとガネーシャの方も一応(顔が)一回灰になってる解釈があるらしい

灰になる前に、『蛹』のリメイクな気がする問題

北山さんのソロは、ラジオやdTVで言ってる以上明らかに「バンクシーのネズミ」がメインテーマなのですが、サブテーマは『蛹』のリメイクじゃないか?と思った話です。

 

こんばんは、北山さんのことを考え続けて4日が経った玉森担です。

一つ前のエントリは今日に至るまで100回くらい更新したのですが『蛹』の話だけどんどん長くなってしまったので別記事にしました。

「大発見じゃん!!!」と思いながら書いているのですがそれ普通に一般常識だよ、はしゃいでるの貴方だけだよ、という話だったらそっと教えてください…考察ってこういうのが難しいね…。

 

彼が見せたかったものの順番は、バンクシーのネズミ>『蛹』>その他ディティールと思った。バンクシーのネズミの考察は他の人に任せるにしても、それに次いであまりに『蛹』が踏まえられすぎている。そう思った根拠は以下の5点。

 

 

順を追って説明していきたい。

エレキギター

部屋で暴れながら振り下ろすギター。ギターは北山さんの得意楽器であるものの、基本アコギを持っていることの方が多く、ざっと見た限りでは美男ですね舞台・キスブサコント・そして『蛹』くらいでしかエレキギターを持っていない。

②赤・黄・青・緑の四色

白を除いたペンキはこの四色。Mintコンのソロ演出では、映像にこの四色が使われている。北山さんが一人歌いながらギターをステージの中心でかき鳴らす中、ギター(赤)、ベース(青)、キーボード(黄)、ドラム(緑)の楽器を弾いている人間のピクトグラムのような映像が音に合わせて流れる。

③初の音源化ソロ曲と、初の個人MV(10周年)*1

これだけ微妙に説明が難しいが、彼的には原点回帰の良いタイミングなのではないかとは思う。そして双方、燃えている歌だ。裸の時代の文だけ引用しておく。

(インタビュアー:10年後、この本を読み返す自分の姿、イメージできる?

「”今の方が熱いぜ!”って思っていたいですね。これからどんどん大人になって、わかってくることも、経験値も増えていく。でも、今の熱量だけは変えたくない。10年後は、静かに燃えていたいっていうか。今の燃え方、しゃかりきすぎて効率悪すぎるから(笑)」

④潤君に送り付けたという情報

松潤にも送りつけたとのJ-web談だが、「Reborn」は嵐及び嵐ファンにとってはほぼ俗に言う楽曲のリメイクを指す。海外での遭遇など含めて交流はある上に、コンサート演出を行う者としての共通点など接点はあるものの、わざわざその報告をしたのはひとつのヒントではないか、とこじつけた。

⑤Rebornがテーマ

今回の曲は「Reborn」というテーマで作ってもらった、と説明していた。日本語訳は「生まれ変わる」「生まれ変わった」。『蛹』の歌詞にも”生まれ変われ”とある。

先にもう少し『蛹』について深めたい。四色のバンドに加えて、この曲の最後には北山さんに(映像上で)燃えた羽が生える、という演出がある。通常、蛹から生まれるのは昆虫である。ただこの曲において”この殻破って”生まれたのは、蝶ではなく鳥だった。

それが意味するところは何か。不死鳥でしかない。

不死鳥はその一生を終えると燃えて灰となり、その中から新しい命を得てよみがえると言われている。この時点で「灰」なのはともかく、私は「蛹」からイメージされる虫とは結びつけることが出来ていなかった。しかし調べると、(割とあっさり)違う話が出てくる。

聖クレメンス(誰…?)曰く。フェニックスは死期が近づくと、香料を集めて自分の棺を作り、その中に閉じこもって死を迎え、その死体に湧いた虫が死体を食べつくし、やがて虫に羽毛が生えて新たなフェニックスになるのだという。つまり「蛹」≒不死鳥の象徴なのだ。*2

「灰になる前に」の歌詞は、既にYoutubeの字幕で見れるようになっている。

不死鳥と関連のある曲として見ると、以下の歌詞を拾うことが出来る。

”捨てれない命” ”灰” "reborn in the end(最期)" "reburn" 「捨てれない命」は不死。「灰」はそのまま不死鳥の一番メジャーなイメージ。「Reborn in the end」は上記、死期が近づくと自ら生まれ変わる準備をする生態。"reburn"は何度でもその炎から生まれるメジャーなイメージ。

更にこじつけの連想を始めれば、”くだらない世界であがく you&me”やパールのネックレスはどことなく手塚治虫火の鳥っぽい。

歌詞の表記は「灰」だが「High」と掛けてるとしか思えないサビ前は「”限界”に届いていると満足する前に」の意味がこもっているような気がする。

歌詞の中で"enemy"とあるのは、鼠の天敵の一つが蛇で、蛇の天敵の一つが鳥であることから、狩られる側から狩る側に回るような感覚を狙ってきたような気もしてくる。鼠の天敵の一つ自体猛禽類であるが自分の身に”enemy”と書いていたことへの納得もある。

画面内少しずつ映る壺やケースや複数種に渡るペンキの入れ物は、没薬や香料を保存するためのものなのかという気がしてくる。

そして、不死鳥でなくても昆虫の通常の生態として、蛹の中ではドロドロのクリーム状でありながらからだの様々な部分をすごい勢いで同時に作ったり壊したりしているという。それはそのまま、ペンキでぐちゃぐちゃになった彼を連想させる。

 

本などを読んで、「この人なんだかんだいつも似たようなこと書いてるな」と思うことはある。けれど今回の「灰になる前に」は作家性では済ませることの出来ない一致を意図的に狙ってきたような気がする。私は一つの連なったストーリーとしてあのMVを認識することは出来ないが、この考察が少しでも彼の狙ったところに届いていればいいな、と思う限りだ。

*1:これより早いソロ曲ROCK Uも歌詞的には"beat" "この夜" "壊してゆく" などの関連を感じる/チカラの方が近いかもしれない…

*2:没薬(香料)で卵のようなものを作るというイメージもあるらしい。『蛹』の演出の途中で降りる真っ白なローラー用のバンクは見たイメージそのまま卵でもある

灰になる前に、考察箇条書き

※フル観たら完っっ全に間違いばっかりであることが判明した内容ですが記録のために残しておきます

※特に表記することなく追記・修正を繰り返しているので最初に上げた頃と文章がだいぶ変わっています。

※他にも色々別記事立ててます

 

こんばんは、二夜連続でソロMVの話をします。本日は北山さんのソロの話をしたいと思います。ツイッターに書いてても自分で遡れなくなってしまうことを踏まえた、大体備忘録です。北山担でもないのにこんなことやっていいのかなとか思いつつも、彼はきっと誰でもない誰かに届けたくてこの曲とMVを作ったんじゃないかとも思うので、仮に答えにかすりもしなくてもここに考えたくなった人がいたんだよと言う証明のためにも許してください。

以下、正直全然まとまった話にはなっていないけれど箇条書き。

 

<MVに登場するもの>

煙草を持つ手(指輪が嵌っている)/下を向く北山(正面)/鏡(映るのは北山)・植物・バンクシーのネズミ/落ちる灰/北山横顔/路地/トンネル・自転車/ビル街・コーン/歩道橋/繁華街?・ゴミ袋/蛇口・蛇口から落ちる有色の液体/煙草の火(正面)/北山横顔・煙/揺れる裸電球/髪をかきむしる手/北山横顔(瞬き)/キスをする男女/階段/ガードレール・人の足/裏通り(open・アモーレ)/左に進む電車(見上げるアングル)/北山横顔/砂嵐のテレビを見つめる北山(後ろ)/砂嵐を見つめる目/砂嵐(人のいない道・裏通り(アモーレ)・たぶん電車通ってたのと同じ道・なんか建物映ってる道)/砂嵐を見つめる目/握られる両手/たぶん電車通ってたのと同じ道/蛇口を回す手?/砂嵐をなぞる右手/白い服を着て荒ぶる北山(この時点で背中には煤汚れ*1あり)/歯を食いしばってテレビを倒す北山/ペンキ缶を投げる北山(背景にはカーテン・梯子・ハンガー・木箱・木箱にかかった布・ラジカセ・テーブルライト・なんらかのケース・謎の金属?←壁の角にあるやつ、画面の前には椅子)/ドラム缶を蹴り飛ばす北山(背景には更に映る壁の棚(写真・謎の物体が載っている)・コード類・鏡・バンクシーのネズミ)/箱馬を投げる北山/→がアングル変わると椅子を投げる北山になる(鏡に映る・壁の棚には籠と謎の物体その2)/ペンキの入ったバケツを蹴り飛ばす北山(椅子・机・植物がはっきりと映る)/エレキギターで机の上のペンキ入ったバケツを殴りつける北山(背景に金属棚・椅子・何らかのケース2・ベッドらしきもの・壁の棚(壺・謎の立方体)・壁時計)/赤いペンキを壁にぶちまけると同時に色づく(色を取り戻す)世界(同時に一瞬光が差す)/青いペンキを素手で壁に塗る北山(背景に既出とは別の壺あり)/青いペンキをバケツでぶちまける北山/青いペンキを楽しげに注ぐ北山/黄色いペンキのかかった椅子?入れ物?を青い手ではたく北山(背景に柵・箪笥・網・何も入っていない額縁)/部屋の様子を眺める北山(ピアスしてる)、崩れ落ちる/渋谷のコンクリート、道路、手、上がるアングル/先ほどの部屋・俯瞰(赤・青・黄・緑のペンキで染まる・ギターケースとソファらしきものも見える)/ペンキだらけの顔・閉じられた目・目が開く・スクランブル交差点・青の信号・点滅するものの赤にならないまま終わる

 

<考察を行ったもの>

バンクシーのネズミ

バンクシー→イギリス人。反権力・反体制のメッセージが中心。ストリート・不特定に向けたグラフィティ・アートを行う。/バンクシーのネズミ→ドブネズミ。害獣の象徴。/バンクシーのネズミが持つ傘→メリーポピンズの傘。嫌われ者でも傘を持って飛べるというメッセージ。ヒーロー(≒”女神”)を待つのではなく、自らの傘で飛べるというメッセージを含む。また、メリーポピンズは厳格な銀行員(≒規定路線の象徴)の一家に舞い降り、彼らを導いた。 ※割とその辺のサイトの記述の切り貼りですごめんなさい、原典やまともな言及を他に当たった方が良いと思います

…マウスアングルであること、ラジオでネズミを嫌われるものと言っていたこと、生配信の発言などから、恐らく中心的なアイテムとして設定されている。

鏡の下・水場の上にいた理由もあるとは思うけどわからないのと、北山さんは今回のMVの主題とは別に、芸術(≒エンタメ)で世界を変えたいという意志がある人なんだろうなということをなんとなく感じる。

・煙草

タイトルの"灰になる"アイテム、更には「ハイ」になるためのアイテムとも言える。(ニコチンはどちらかというとアッパー系のドラッグ) いずれ燃え尽きるもの。品行方正な世の中と逆を象徴する品に見えるため、プラスの意味を持つアイテムにも見えたものの、今回のMVは色づいた世界後は登場しないことから、燃え尽きないという意志に変わったことを表す(マイナスの象徴としての登場をした、言葉の通り燻っている状態の暗示だった)のではないかと考える。*2

・赤いペンキ

これがぶちまけられることによって世界が色を取り戻す。あの部屋は精神世界の象徴と言っていたこと、加工なしであの演出になるよう拘ったとのことから確実に意図の存在するアイテム。赤=メンバーカラー。To-y2ライブ配信で「メンバーカラーに向き合おうと思った」旨の発言あり。明らかにプラスの意味を持つアイテムとして登場していることから、これをぶちまけるのは「キスマイになった」あるいは「キスマイとしての自覚を持った」を意味するのではないかと思う。あとは「ライブをする」とか。

・四色のペンキ

赤合わせて四色であることから直接的にキスマイは指さないものの、キスマイメンバーを含めた他者の存在の象徴ではないかと考える。これをぶちまけ出すところから画面の躍動感(世界への変化)があること、色を混ぜるような描写があることから。「4」なのも北山さんのラッキーナンバーを含む意図があるような気がする。あとラストシーン、北山さんを染める色の比率は赤以外の方が多いのは他者を背負っている北山さんぽいなと…

それから、赤(火)・青・黄・緑は火・水・風・地の四大元素の色でもある。色と属性は色々解釈が分かれるらしいけれど、赤は必ず火と対応するとのこと。もし赤が火を表しているのなら、それはどこか自由の女神(”頼らない女神”)のトーチとも対応している気がしてくる。また、火は生命力を表していて、何かをやりたいという情熱、打ち勝って手に入れたいという闘争心を表すという記述もあった。若干スピリチュアルが過ぎるかもしれないが、北山さんは占いなどに興味ある側の人間とのことで、まああり得るかなって…。

あとスピリチュアルもなにも『蛹』の後ろの映像がこの四色だった。詳細は別記事に書いた。たぶんこっちの方を意図してる確率の方が高い。

・砂嵐の映るテレビ

あまり根拠はないが「人のいない世界(ザッピング?中に一切人影が写らない)」「自分のいない芸能界」のどちらかの象徴ではないかと考えた。これを捨てることは、他者と交わることを選ぶこと・芸能の仕事を全力でする、みたいなことを意味するのではないか。あとは「コロナ禍でエンタメの無い世界」への全力の苛立ちとか。

個人的には、投げ飛ばす直前の組んだ両手と砂嵐をなぞる指先は、このテレビに対する「憧れ」や”jealousy”を意味しているようにも見えた。

・箱馬

1分20秒頃に一瞬登場する。何故か次のカットでは投げられたものが普通の椅子に変わっている。同じとみられるシーンでアングル変わるカットは他にもあるが、明らかに物が変わったのはここのみ。セットなどを組むときに土台として使われるほか、撮影の為に北山さんの身長を盛るために使われる模様。箱馬を投げ飛ばしそのまま消滅したことは、カメラには映らない・縁の下みたいな存在からの脱却を指すか、普通の生活ではまず目に入らないであろう物であること*3から、芸能界に入って初めて認識した身長のハンデやもっとざっくりジャニーズへの偏見とかを含めたハンデ全般をぶち壊すという意志を指している、気がする。(邪推)

エレキギター

『蛹』にも登場するアイテム。

ぞんざいに扱っているようにも見えるものの、個人的にはこれを振り回しているシーンはエレキギターを壊すことを目的としているのではなく、エレキギターという手段・武器を使って世界に色をつけていっているようにも見える。*4

・揺れる電球

光ることなくコードにぶら下げられたまま揺れる電球は、輝かないまま・なにもなさないまま死ぬこと(首吊り)の暗示ではないかと思った。この場面ではちょうど”捨てれない命”という歌詞が流れる。現状から抜け出すための手段として浮かぶものの取れなかった選択肢や変える前の未来の象徴みたいな…

ラスト、北山さんが部屋から消える直前、この電球自体は光ってないものの外からの光を沢山含んできらめいているのが後ろに映る。

・白い梯子

部屋にはずっとあるものの、上述北山さんが部屋から消える直前に一番よく映る。光が射してる場面と梯子という二つの要素からは天使の梯子こと薄明光線を連想してしまった。白い方の薄明光線は早朝、オレンジだと夕方なので、この後の早朝の渋谷とも対応する。薄明光線はざっくり言うと吉兆。英語では「God Rays」とも呼ぶらしく、”神様tell me”への対応がこれであってもおかしくはないかなと…

・"神様"と"女神"について

バンクシー、火、薄明光線辺りでもちょっと書いているが、”神様”と”女神”は明確に違う意味を持たせているような気がした。(作詞は北山さんではないが)

ほんとこの辺ただの妄想が過ぎるのですが、”神様”は北山さん自身の内部意識みたいなものを指していて、”女神”は救ってくれる他人を指しているのかなあと…。”女神”といえば自由の女神(正式名称は「世界を照らす自由」)や更にその元ネタであるドラクロワの民衆を導く女神がパッと浮かぶけれど、"神様"はもっと光とか漠然とした印象になるので。……ただ、キスマイは歌詞で神に祈りがち団体らしいので(ジャニーズの中で割合が高いらしい、まとめてるブログを見かけた)そこまで考えてないかも…

・鏡

順当に考えれば現実を指すと思う。鏡は真の姿を映すものとして大抵のフィクションで扱われるので…。序盤の北山さんは鏡を見ないが、暴れ出すと鏡に対する攻撃(椅子投げ)も行う。これは現実に向き合ったの意。ただ、最終的にあの部屋から出ている・いなくなることの方が、世界へ向き合ったことを直接的に意味するような気もするので、それ以外の意味があるはずというか、もう少し考察の余地はある気がする。

他の人の考察みるまで全然気がつかなかったけどピアス逆のシーンあったのでその辺に意図は隠されているんだろうなとは…思いつつ……

あと当日の朝のWSで鏡覗き込みながら顔にペイントしたり鏡に絵の具跡つけてるシーンあったのでそのフル解禁待ち!!大事なシーンだろうに削らないで!!

・テレビ投げる前ずっと右見てる問題

鏡像は混ざりつつも、北山さんはずっと画面の右を向いている。投げたあとは(右も時々向くけど)左向きが中心になる。映像演出・舞台演出の基本として上手を向くことは過去に向かうこと、下手を向くことは未来に向かうことのようなのでこれは確実に意図されているはず。

あと陰陽思想(wikiの性質表参照のこと)的にも左向きが陽だし投げたあとの行動が陽寄り…(スピリチュアル)

・指輪

一応見る限りは右手の人差し指・小指、左手の人差し指・中指に嵌っている。ただこの部屋、鏡像が混ざるので右手か左手か割と定かでない。とりあえず共通して人差し指(何かを指し示す指)には指輪が嵌っており、またこの指はリングを嵌めることで自立心や行動力が上がるとされているので、なんだかんだこの部屋の北山さん最初からやる気あったのでは…?みたいな気持ちになる。ただ、テレビを投げ飛ばす前の砂嵐をなぞる一瞬のシーンの方では指輪は着けていない。

もし最初から前向き気味だったなら煙も魔除けだったのかもしれない

・植物

植物の種類詳しくないのですが、イネ科……もっというと葦っぽい。アシだったら、パスカルの「人間は考える葦である」のそれなので意図することは分かりやすいような気がするのだけどどうだろう。人間は考える葦であるというのは自然の中ではか弱い存在であるが、思考する存在としては偉大という意味。人間は思考上では宇宙を越えられる。

この言及のあるパスカルの本には他にも「一生のうちでいちばん大事なのは、どんな職業を選ぶかということ、これに尽きる。ところが、それは偶然によって左右される。(中略)人間は屋根葺き職人だろうとなんだろうと、生まれつき、あらゆる職業に向いている。向いていないのは、部屋の中にじっとしていることだけだ」とか書いてあるらしい。

総合的に考えれば、考察しろという圧力を表している気がする。(違う)

そしてそのまま「パンセ 虚栄心」で検索して出てくるいくつかのサイトを読むとこれを書いている自分がすごい嫌になってくる。(個人的な感想)

・蛇口

鼠と下水の連想とかな気もしつつそれだとちょっと意味が甘い気がし…一回目に映るのが”i need more energy”言ってるタイミングなので、このカットは才能とか意思の枯渇を指しているのかなと思ったものの、だとしてもサビ直前に一瞬映る意味が分からないので結局分からない…(このシーンは蛇口を締めているのか、緩めているのかもよく分からない)

・何も入っていない額縁

枠にはまるものは何もないとか、何もないけどこれから埋めていくとか、そういう感じを思わせる。この下にある柵(ロートアイアン)も意味ありそうだけど分からない。こっちは「境界線」なのかなあ…

バンクシーと額縁からはシュレッダー事件が連想されるけど、それだったらもっと露骨に額縁のデザインやサイズ感を寄せてくるような気がする。

・いつの間にか無くなったラジカセ

ラジカセは音楽や声を受け取るためのアイテムであり、それがなくなったのは受け取る側ではなく提供する側に回ったことを意味しているような。

・転がった大量の椅子

座る(≒休む)ことを放棄したことの暗喩?

・部屋から出るときに崩れ落ちている

ネズミの視点に下がること以外にも「ログオフ」みたいなイメージがあると思いました。(ネトゲとかで言う「落ちる」)仮想世界であることを分かりやすくする効果みたいな…

・キスをする男女

”何が大事”という歌詞と同時に映り、一瞬で消える。恋愛は一般に多くの人の幸せや自己実現の方法であるものの、このあと二度と映らないことから、普通の人の幸せを選ばなかったことを意味しているのかなって…。この前のキスブサでもそういう彼女との別れ方してたし…

・アトリエ

そもそも最初からアトリエにいる時点で彼は何かを作らなくてはいけない人だったということがわかるし、アトリエ自体作ったものを外に持ってかなければいけないという前提がある。ただこの部屋には絵を書くにせよ立体物を作るにせよ、その素材となるキャンバスや木材が存在していない。結局彼はそこで作った何かでもなく、ギターで作る音楽(アーティスト)でもなく、最初は白い服を着ていた彼自身を色で染めて作品として外に出てきた。(≒何か一つのものや属性ではなく一人の人間丸ごとで勝負する姿勢?)

※アトリエであることに気がつくのめちゃくちゃ遅れたまま前述後述各種考察やらかしました。そりゃアトリエなら水場もあるし諸々よく分からないものも転がるかもしれないし、先に認識すべきことだった……。あと筆やトンカチの代わりに手やエレキギター使ってるのかなって思う…

・開かれる目

ドワンゴCM「祈り」篇と一致している気がする。グループとしての初めてのCMだったことから何か掛けてきた気がする。……と思っていたら、渋谷はこのドワンゴのパネル広告を打った地であることを知る。この広告における「封印、解禁」の宣伝文句はどこか蛹の羽化を思わせるし、基本は顔を手で隠したパネルである中一人一枚ずつのみある顔がはっきり写るパネルをファンに探させた手法は、考察待ってる言ってきた今回の手法と近しいものを感じた。。

・渋谷

人のいないコロナ禍の世界を撮りたかったと同時に青春の象徴でもあるとの本人談。渋谷は事務所の所在地であること、地面をがっしり掴む手、からアイドルとして世界を這い上がる、あるいは駆け抜け、這い上がったという意味だと思う。あと前述の祈り、始まりの地というか。

・渋谷の早朝

そのまま今が「夜明け」であることを指していたり、歩行者用信号は赤にならないまま映像が途切れるのは、「まだ間に合う」みたいな感覚を残しているのではないかという気がしている。歩きださないのは「ここにいる」という表明をしているからなのかなって思った。「ここで見つけられるのを待っている」なのかもしれない。世界で最も人通りが多いと言われるその場所で、これから増えていく、沢山の人を。

 

<もう少し考察したいもの>

・部屋の中ではぶちまけていないはずの白いペンキが顔や指についていること

実はあの部屋に最初から白いペンキがあったとなると色を混ぜれば橙や紫だけじゃなくてピンクや水色を作れたのだな…?と思うけれど、7をアピールするならもっと違う方法を取りそうで

・部屋にいるときと渋谷の服装がつながっていないこと

部屋のときの服装は青でべったりなのに渋谷にいるときの服は若干色が控えめになっているし、履いていた靴もなくなっている

※上二点、フルMVじゃないせいで単純にシーン欠けてるだけな気がしてきた

*1:全然汚れではなく桜のプリントだったことを後で把握

*2:ただJ-webの公開前のコメント「みんな灰になっちゃいます」とは若干矛盾すると気がついたのでたぶんこれは明らかに間違った解釈

*3:アトリエにあることは全然あるのではと気づく前の考察

*4:「ギターを壊す」というのはロックの文脈ではあるのですが…

Share Love、宮玉虚妄(短め)

※生配信で作詞栗原さんとかだったことが判明したので本当に妄想でしかなかったことをここに追記します。☆彡 でも宮玉は公式だった

 

 こんばんは、怒涛の供給が昨晩からありましたが元気にしてますか?私はあまりの楽しさに死んでいます。死んでる要因はどちらかと言うと宮田ソロを巡る盛り上がりの方が大きかったりもするのですが、今回は玉森ソロについて思うところがあったので書き連ねます。鉄は熱いうちに打て。このブログは元々宮玉のことを延々と主観で書くためのブログなので何書いてもいいかなって思っています。全部虚妄です。どうせ明日の配信で「私はなんでこんな妄想を書いてしまったんだろう…」という気分になる。

 本日、30分おきに訪れる怒涛の情報量。私を最後に待ち受けていたのはなんかめっちゃ宮玉の話にしか聞こえないソロ曲を歌う玉森さんだった。私は発狂した。「宮玉」でパブサしたものの、転げまわっているのは自分だけだった。なんで?わたしがおかしいんだよ

 

 なんで宮玉の話にしか聞こえなかったかの言い訳を、短いけれどまとめておきたい。

 

1.歌詞

 今回玉森ソロの歌詞は、宮玉三部作の第一部、「BE LOVE」とリンクする歌詞が多くある。基本的にはこれに尽きる。どうせ誰かが書き起こししているので一応並べて欲しい。

Share Love「もっと笑顔見たくて・無邪気な笑(寝?)顔*1*2もその全てが愛おしくて」/ BE LOVE「その笑顔思うたび 今が色づいてく」

Share Love「もっとずっとずっと」/ BE LOVE「だからずっと ふたりずっと」

Share Love「手を繋ごう」/ BE LOVE「手と手繋いで」

Share Love「完璧な二人じゃないから」/ BE LOVE「互いに完璧になれなくったって」

Share Love「君と並んで歩けたら」/ BE LOVE「なるべくゆっくり歩こう・なるべくゆっくり肩を並べて」

Share Love「大好きなんて言葉じゃ足りないくらい」/ BE LOVE「大好きだよ(台詞)」

Share Love「何度も語り合って」/ BE LOVE「交わす言葉」

 若干こじつけているものも混ざるが、割と異常な数のリンクをしている。笑顔、ずっと、手を繋ぐ、なんかは一般的な恋愛ソングでもよく出てくるだろうと思うかもしれないが、他のキスマイの恋愛ソングを見ると意外とあまり出てこない。

 何よりも「完璧」というワード。「完璧」という言葉と宮玉の関係性(邪推)はこちらのブログhttps://mtnigenkai1.hatenablog.com/entry/2020/11/06/211936

で書いた。その時点で自分の思い込みはそこらの冷静な言葉では消せなくなってしまった。

2.シチュエーション

〈歌詞〉

「増えてく二人の写真」…星に願いをの演出などで効果的に使われるカップル写真。

「時には間違って泣き合ってすれ違っても」…泣き合ってすれ違う星に願いを。

「キスしよう」…dtvBE LOVE序盤5分で含まれるキスシーン。

〈映像〉

ファンの中でも話題(?)のベッドが運命の棺桶を彷彿とさせる狭さ。

運命の棺桶と同様、良く動く玉森が左に位置。

最後の女性に手を回すシーンの腕の角度。

 

 ……宮玉では……?と思った言い訳は以上となる。それこそが腐女子の発想だと言われたらそれまでではある気がしてきた、段々と。

 ただそれでも、玉森さんは、宮玉に侵されている頭を抜きにしても、宮田さんとの関係性を恋人との関係性の理想としているような気がしている。少なくとも、何らかのメディアを通した発言では。各種メイキング映像と、その辺の雑誌の発言・特にここ一年のものを並べて見るとどう考えても宮田としか思えない。(真顔)

 内実に潜むものは宮玉のあま~い関係性でも何でもなく、当たり障りなく嘘の少ない返答を咄嗟にしなければならないときに、取り敢えず既に大量に爆弾が投下されている以上にファンがざわつくことなど何もない宮田のことを思い浮かべているだけではないかと思う。あるいは単純に彼にとっての好ましい人間としてのカテゴリに宮田さんがちょうど良く当てはまっているだけかもしれないとも、思うけれど。

 ……作詞、誰なんでしょうね……。

*1:寝顔だったらananの発言感がある

*2:寝でしたね