星がきらきら

Mais comme elle est loin!/遠き七つの星へ愛を

2023年6月11日の記録

今の混沌とした気持ちを残しとかないといけないと思った。 未来の私のために。いなくなるその日まであと81日。
つい先日、このブログのタグを整理していた。「北山さん」というタグをつけたブログ、つまり北山さんに関することを書いたブログの文字数は合計で約6万字あった。Twitterやふせったーや下書きに封印した文章を足すともっとになる。多分愛を証明したかったんだと思う。彼のことを一番理解できるファンの一人だと思いあがっていた。 なのに、グループを卒業すること、退所すること、その未来がわからなかった。影響された私が大きなものを捨ててしまったにも拘わらず。

私が北山さんのファンになったきっかけがあるとするなら、キスブサで、「お金を貸してほしい」と恋人に頼まれた時に、理由を聞かずに100万円貸そうとしたところを見たことだったと思う。こんなにドストライクに、金額まで私と全く同じ回答をする男がいるのか。眠れないと嘆く彼女に対して、玉ねぎのみじん切りを持ってくるのを見て「分かるなあ…」と思ったのも影響が大きかった。他に書き留めないままに忘れていったことも多いが、そういう少し点数が低い時の行動に共感することから、彼への好きを少しずつ増やしていった気がする。世界で一番共感できるアイドルを見つけたと思っていた。 気がついたときには、最初は少し尖りすぎているようで読めなかった裸の時代1万字インタビューの文章がすっと頭の中に入っていった。そしてそのままこの1万字は私のバイブルとなった。
行動に迷った時必ずこの本を開いた。読みすぎて、以前Myojoのサイトで、期間限定でインタビューが公開されていた時には、本に掲載されている文章との違いがそらで言えるほどになっていた。

 

今の私は、「玉森さんのことが大好き」「キスマイが大好き」「北山さんみたいな生き方をしたい」この三つでしか出来ていないな、と思う。キスマイの半分はたぶん北山さんで出来ている。だから、”僕の半分は君”だったのだ。
そしてこれから君の比率が少なくなっていく。少なくともキスマイの魂における北山さんの割合は、減る。無くなりはしないことは良く分かっている。 6月7日の21時に発表された北山さんの文章の「ずっと胸の中にあり続けます」もそういうことなんだと思う。なくなりはしない。でも、きっと少しずつ薄れていく。私が2020年12月31日まで愛したグループが、私の心の中で面積を減らしていった時のように。そのことが泣きたくなるくらい悔しい。

 

再三になるが、(七人全員の個人担をしていると思っている気持ちもあるがそれでも)私は北山担ではない。信奉というよりライバルのような感覚があった。たぶん、恋愛対象とは大きく違ったから、いずれいなくなる人だということに気がつかなかった。彼への好きを簡潔に表すなら、たぶん自己愛の延長線上にあった。 それから「北山担でない」自分がこうやって北山さんに関する文章を書いているということ自体に歪んだ優越感を抱いていた。とはいえ傍から見れば十分担当だったのだと思う。結果論にはなるが、SHOCKチケ代とその遠征費、グッズ代、写真代、書籍代のことを考えるとグループの中で一番金を注いだメンバーだった。
大好きだった。大好きだ。

 

偏った感情を向けるようになったきっかけは灰になる前にの考察からだった。
考察してくださいと言われた一方で、考えようともしないでバカ丸出しのツイートをしているファンが許せなかった。勝手にファンの誰にも理解してもらえてなさそうな北山さんに同情して、その怒りを長い文章として表現するようになった。書いたことが全部間違っているなら、私の方がよっぽど加害者の行いだったと思う。今となっては私よりもちゃんとしてる考察も存在すると思うが、YouTube公開当初は本当に少なくて許せなかったのだ。ドンワナの時に考察していた人はどこへ行ったんだよと毎日キレていた。
そうやって毎日北山さんのことを考えることで、段々と理解者になった気でいた。

というか、他の平均的な北山担よりはよっぽど理解者だったはずだと、今でも信じている。

私は北山さんを心に飼ったせいで本当に大きなものを捨てた。世間一般では一番大事にしなければならないものを捨てた。たぶん人生が狂った。きっと多くのファンは、担タレと自負する人たちも、そういう狂い方はしていない。
二度と手に入らないと分かっていて、手にあったものを投げ捨てた。その時に「最後の一歩を踏み出すのは理屈じゃない」ってこういうことなんだと思った。
いくら最初から北山さんに影響されるような素養があったとしても、彼の言葉が胸になかったら言い出せなかった。わざわざ変えようとしなければ、なんだかんだ幸せになって、それはそれでどうにかなったと思う。
でも染め切った心は不可逆だった。普通に幸せを得られたはずの人生がめちゃくちゃになるなあと思ったけれど、それが北山さんのせいなら、それでもいいと思った。

そしてこの決定をするにあたって私は誰にも相談しなかった。 親兄弟にも、20年来の友達にも。言い出した時から私が譲歩出来たのは、数ヵ月程度のタイミングだけだった。

何も嫌になんてなっていない。私は尊重されていたし、支配する余地だってあった。かつては一番大事なものだった。
大事なものだったからこそ、それを犠牲にしたことで頑張れるような気がした。

バカだと思う。大体の人にはそう言われた。でもまあ、何も戻らないのだ。一区切りがついた後、スパイクもボールも全部捨てた話をもう一度読み返して、未練となるものも排除した。

それなのに、私はそれだけ大事なものを捨てたはずなのに、北山さんはもう何も捨てないと思っていた。

でもそんなことはなかった。私はお知らせを開いて絶望した。私が新しく一番にした何かのことも、永遠にならない。一番に愛しているキスマイのことも、永遠にならない。彼の感情に例外がないなら、私も同じようにそうしたがってしまうということだ。

 

北山さんを理解するために何かをすることが好きだった。ここ一年ほどの私の文章も、手芸も、全部北山さんを理解したいという気持ちでやっていると言っても過言では無かった。何かを表現することを続けること、それに伴う感情を得ることが一番北山さんの理解に繋がると思っていた。絶対に考え方の合わないアンリーにフォローされたり、私の意とそぐわない恣意的なRTをされても我慢していた。アイドルはきっと考え方の合わない人からの部分的な支持も、糧にしている。その感情を知る助けになるだろうと思ったから。
それでも他人の考えていることなど分からないのだと、今回本当の意味で知った。でも、行動だけは真似出来てしまう。だからきっと、これからもそうしてしまう。北山さんのおかげで決断出来た自分のことが好きだったから。


私は2022年のドーム公演、京セラ初日を一生忘れない。「本当にやりたいことに理由なんてない」と最後に北山さんは言った。私はその言葉が、自分の行動への肯定と感じた。同時に、これは数年前に国立を目指したいという文脈で語られた言葉だったから、同じようにまだ国立でやりたいと思っているという意味で発せられた言葉だと思った。キスマイ七人の未来へ向けた言葉だと思った。だから一生忘れないと思った。
でもそうではなかった。かつて捨てたものが私の世界の一要素に過ぎなかったように、ファンも、メンバーも、北山さんの人生の一要素でしかなかったんだなと思った。

でも、仕方ないのだろう。本当にやりたいことに理由なんてないから。そこに理屈はない。

 


私が一番に勝手に期待して勝手に許せなくなってしまっていることは。1万字インタビューで、目の前にある崖がどれだけの幅か分からなくても最後の一歩を踏み出す/飛び越えられず落ちたとしてもいい、後悔はない/だって自分で選んだ道だからと言っていた。こういう言い方をするのは本当に嫌なのだが、キスマイはSMAPと嵐がいる、その崖の“向こう側”に行けたグループではない。どこかで崖から落ちたことは否定できないと思う。だからこそ、落ちた崖の底で自分で選んだ道だからと笑ってくれてると思ったのだ。また違う崖に挑むなんてことを考えていなかった。失敗したら、その場所に留まってくれると思ったのだ。
私には出来ないことを、彼に望んでしまっていた。

 

六人と一人の運が悪かったとは私は口が裂けても言えない。一人、キスマイ以外に応援している子がいた。それならばこの子の方がよっぽど、よっぽどだった。
彼に対しては、こっちはいつまでも応援し続けるから勝手にやめるなよという願いを送り続けていた。彼に何かを返したい、とずっと祈っていた。その子は、本当にショービジネスの世界に骨を埋めた。裏方として。アイドルを応援するために使うお金の一部が、彼に入り続ける。いつまでも彼の金銭的な支えになれる。
そうやって呪いは一つ歪んだ形で成就した。

グループにも願いをかけていた。V6の解散コンサートを観たときも、そしてそれ以降も、絶対に綺麗な終わり方を迎えないで欲しいと、最低でも嵐みたいに未練タラタラじゃないと許せない、希望と怨念を持たせ続けてくれるグループじゃないと困ると言っていた。
その呪いも成就した。
続けてくれることを選んでくれてありがとう。私の心はあなたたちとともにあります。Kis-My-Ft2が選んだ先の未来に、どこまでもついて行きます。あなたたちが少しでも幸せでありますように、恩を返していきます。

もがき続ける貴方が大好きです。37歳も沢山抗っていてください。
私は誕生日のツイートでそう言葉を向けていた。彼は私の願いを何一つ裏切っていない。もがき続ける北山さんが好きならばこの結末も受け入れなければいけない。
呪いはちゃんと成就している。それでも許せない。私のことを置いて消えるあなたのことが許せない。あなたが見る世界を、私が想像した形で見せて欲しかった。キスマイのおかげで救われた人生と北山さんのせいでめちゃくちゃになった人生を生きている以上、呼吸をするたびにあなたのことを思い出す。

We are seven men group called Kis-My-Ft2, from Johnnys associates in Japan. Our dream is to be the most loved group in the world and to spread happiness through our music. We are going to do our best. We are going to do on to make sure this happens.

あなたは全世界に向けてそう言った。私の呪いは歪んだ形にしても成就しているのに、なぜ彼の言葉は叶わなかったのだろう。叶えるまで責任を取ってくれなかったのだろう。

どんな感情を向ければいいのかわからない。この心の穴が埋まる気はしない。
明日はお前の魂の上に重くのしかかってやる、そんな呪いの言葉が何度も何度も頭をよぎる。
でも私のバイブルとなった一万字は未来で7人で語り合うことしか語っていない。メンバーでなくても友達であれば叶えられる未来だった。それに気がつかなかったことが悔しい。*1

 

あと81日。このぐちゃぐちゃな心のままで、あの日のキスログを消化しようともがく日々を送り続ける。

*1:余談だが、座談会の方では「SMAPさんみたいに“ジャパニーズフェイバリットアイドルグループ”って海外の教科書とか載ろうよ」「10年後でもいい。20年後でもいい。いつか7人で載る」と言っていた。それは叶えていないじゃん、と泣きそうになったが、横尾さんの教科書(副教材)掲載を一番に喜んでいたことは、ここと繋がっていたせいかもしれないと思ってしまった